料理を通して社会にコミットしていく「参加型スタジオ」コトラボ阿佐ヶ谷
———はじめに、出版社であるオレンジページが体験型スタジオをどうして運営するようになったのか、また岡田さんが現在どのように関わっているのかお聞かせ願えないでしょうか?
岡田:弊社が誌面やWEBで紹介している料理をはじめとする暮らしに役立つ情報を、リアルな場でより深く体験することができたらもっと楽しくなるのでは、という思いで始めたのが「コトラボ阿佐ヶ谷」です。
私はもともと広告の部署にいたのですが、そこでの仕事では、単に雑誌『オレンジページ』をはじめとする刊行物やWEBサイト「オレンジページnet」への出稿だけではなく、私たちが抱えている読者やユーザーとのシナジーを使ったイベントや、調査の要望も多くいただいてました。
「コトラボ阿佐ヶ谷」がオープンしたのは5年前ですが、施設ができる前からイベントの提案をよくしていましたね。
例えば、食品メーカーさんが出した新しい調味料に対して、弊社でつながりのある料理好きのメンバーを集め、実際に試してもらうような企画です。
そして、1年半前にコトラボ推進部に異動し、コンテンツをつくりながらセールスもこなしています。女性向けの料理教室のコンテンツは、私が今の部署に入る前からもあったんですけれど、それ以外のターゲットで社会にコミットするものを考えてくれないかというミッションがあったため、「自炊男子塾」を提案しました。
———ありがとうございます。「コトラボ阿佐ヶ谷」について、もう少し詳しく教えていただけますか?
岡田:料理本を多く手掛けているオレンジページには、もともと社内に試作用のキッチンが複数あり、お客様用の広いキッチンでよくイベントをしていました。「毎日お客様を集めて料理ができるような場所が別にあるといいよね」と、オレンジページの体験型スタジオとして考えられたのがコトラボ阿佐ヶ谷です。
都内で人が集まって一緒に料理ができる施設というのは意外と少なくて、キッチンスタジオなどでも、デモ台だけがあるようなところが多いんです。「コトラボ阿佐ヶ谷」は、その点で他のキッチンスタジオとは異なりますね。
現在会員は約1万人いて、「コトラボ」サイト(https://www.coto-lab.com/)で紹介している豊富な講座の中から会員様本人が申し込みたい講座を選ぶという形になっています。入会金は不要なので、気軽に通っていただけます。
コトラボ阿佐ヶ谷の料理施設は、どちらかというと「ふだんのおかず」ではなく、「料理を楽しみたい!」という人向けの講座が多く、人気料理研究家やお店の料理人の方々が教えに来てくれます。
講師以外のサポートスタッフも充実しているので、教えてくれる人が少ないということは絶対にありません。スタジオは都内にありますが、最近はオンライン講座も開設しましたので、地方の会員さんも増えてきましたね。
———コトラボ阿佐ヶ谷の料理教室はどのように行われているのですか?
岡田:奥にデモ台があって、講師がここに立って料理をすると、天井のカメラで映した手元のアップがモニターに流れます。生徒さんたちはその手元を見て、料理を学んでいくという流れです。
特にお菓子やパンづくりの講座では、「講師の手元を見たい」という方がたくさんいらっしゃるので、オンライン講座も人気となっています。
料理に慣れていない“働く男性”を後押しするべくスタートした「自炊男子塾」
———「自炊男子塾」を提案するにあたって、きっかけがあったとお聞きしています。
岡田:弊社では女性社員が多く、パートナーに料理をつくってもらっていたり、一緒にやっていたりという家庭が多いのですが、一般的にはまだまだ男性が一人で料理をつくる環境や習うチャンスが非常に少ないのが現状です。
弊社のクライアントと話をするなかでも、「今後の“男性の育休取得”に向けて、企業としてその背中をどのように押してあげればいいかわからない」といった声も結構聞くようになってきました。
そこで、男性だけを集めて、単純に楽しむだけではなく“料理の基本を勉強する”機会をつくろうと思ったのが、「自炊男子塾」をつくるきっかけでした。
———「自炊男子塾」はオンライン講座なんでしょうか?
岡田:オンラインとリアルの両方を試しています。
弊社では男性向けに特化した料理教室は実施したことがなかったので、協力パートナーとして家menさんとNPO法人ファザーリング・ジャパンさんにお声をかけました。
この2つの団体は男性向けの料理教室をやった経験があり、男性のモニターさんにとってもアクセスしやすかったので、弊社の講座企画にアドバイスしていただきながら進めていきました。
1回目はファザーリング・ジャパンの会員様であるパパ料理研究家の滝村雅晴さんに登壇いただき、コトラボ阿佐ヶ谷の講師と2人で夫婦の掛け合いをイメージし、お料理をつくっていただきました。
※参照:NPO法人ファザーリング・ジャパン
家men
———「自炊男子塾」の運営でなにか気づきはありますか?
岡田:弊社には女性ユーザーへのアプローチと集客についてのノウハウはありましたが、今回のターゲットである「パパ」を集める自信がなかったので、最初は家menさんとファザーリング・ジャパンさんに声を掛けて集めてもらいました。
同時に、ダメ元で弊社の抱えている女性ユーザーさんに、「パートナーも参加できますよ」とアナウンスしたところ、結構な数の応募があったんです。
「(この「自炊男子塾」が)いい機会なのでパパに行ってもらうことにしました」という方がすごく多くてびっくりしましたね。
———実は皆さん興味がおありだったんでしょうね。実際にどのような方が参加されたんでしょう?
岡田:参加した男性の中には、「料理にあまり慣れていなくて、薄い肉なら料理したコトはあるけれど、かたまり肉を持つのは初めて」という方も多く見られました。
———男性が料理をするにあたって、新たな発見などはありましたか?
岡田:男性の料理に対する、質問のポイントが非常におもしろかったですね。
いろいろと料理のコツをお伝えするんですけど、男性は料理をロジカルにとらえる方が多くて、質問もすごくロジカルなんです。
例えば、「醤油をこのタイミングでいれてください。先に砂糖や塩があって最後に醤油ですよ。」と伝えると、「なんで醤油が最後なんですか」と質問が返ってきました。
「醤油は発酵食品だから香りがあまり飛ばないようにしたいので最後に回しかけるんですよ。」と説明するようなやり取りがありました。
———普段料理をする機会の多い女性からすると、その疑問は新鮮ですね。
岡田:そうなんです。女性の料理教室ではそのようなことを聞かれたことがなかったので、おもしろいなーと。男性は、そこを聞かないと納得して進められないのではないかと思います。
———普段聞きづらい料理の質問にも答えてくれるから、料理をするのが楽しくなりますね。
岡田:そうですね。実際男性だけで集まる料理教室は、盛り上がっていました。
エプロンに、名前と料理歴を書いた名札を貼ってもらっていたんですが、「どれぐらい料理してるんですか?」などと、勝手にお互いが話し始めていたほどです。
———普段、男性同士が料理について話す機会ってないですしね。
岡田:料理ができる方は、YouTubeなどのレシピを自分で探して自分でレパートリーを増やしていますが、あまり料理に慣れていない人は、そこまでたどり着いていない方がほとんどではないでしょうか。
そのような方々に対して、包丁の握り方や材料の持ち方などの基礎知識をあえて盛り込んだ料理教室で、料理に親しんでもらおうと思いました。
「自炊男子塾」を通して、そのような方々をすくいあげるような料理教室を開きたいという弊社の願望が叶ったかなと思っています。
「自分にもつくれる」という成功体験に
———具体的にはどのような料理をつくったんでしょうか?
岡田:3回の講座があるんですが、初回につくった料理はチキンカツでした。
あえてチキンカツという難易度の高い揚げ物をやったのには理由があります。最初は、野菜をゆでるなどから始めることが多いのですが、たとえば「ほうれん草のおひたし」だけを作っても、料理自体をおもしろがってもらえないなと。
そこで、おかずにもおつまみにもなるチキンカツをつくって、本人にもご家族にも料理の成功体験を感じてもらうことを目標にしました。
2回目の講座は「炒める」がテーマです。「最初に塩を油に馴染ませて水っぽくならない野菜炒め」を学びました。
3回目の講座では、オンラインとリアルのハイブリッド開催で、弊社のベストセラー『味つけ黄金比率で基本の料理100』をテキストに鶏のもも肉を使った照り焼きをつくりました。この講座での目標は、おうちにある調味料を使って、誰でも味つけが決まる「黄金比率」を学ぶことでした。
『味つけ黄金比率で基本の料理100』
———実際に料理をつくってみた男性の反応はいかがでしたか?
岡田:調理はまず計量スプーンでの正しい計り方から始め、包丁の握り方など基礎の基礎も行ったのですが、料理が完成すると参加した数人から「僕にもできた♪」という楽しそうな声をいただきました。
オンラインで参加された方は、自宅のキッチンで行なっているので、パートナーさんやお子さんが途中で我慢しきれなくなって手伝ってしまうこともあったのですが、おおむね『パパがつくった』料理をみんなでおいしく食べて、喜んでもらう「成功体験」を得ていただくことができたようです。
私どももそれを狙っていたので、とてもうれしかったです。
自炊男子塾で、「男性が料理を学ぶ喜びと自信」を与えたい
———講座を受けた男性の料理の取り組みは、変化したんでしょうか?
岡田:3回の講座では必ず直後のアンケートと、約2ヵ月後のアンケートをとらせていただきます。
講座を受けたあとは、「またやります」「ヘビーローテーションで行ないます」と反応があって、それが定着している方もいらっしゃるんですが、3分の1ほどは「忙しくてやはりやれなかった」という結果になっているのも事実です。
———はじめの一歩を踏み出した方には継続的に料理を続けて欲しいですね。
岡田:そうですね。弊社としては、「自炊男子塾」の3回の講座で行なったようなセット内容を新たに受講してもらえたらうれしいな、というイメージを持っています。
———「自炊男子塾」ではどのようなタイミングで学ぶ方が多いんでしょうか?
岡田:はじめは育児休暇の取得を考えている男性を想定していたんですが、すでに小さなお子さんがいらっしゃる家庭では、パパも料理をつくらなければいけないですし、年配の方も家庭の事情で料理をつくらなければならない方もいらっしゃいます。
育休関係なくとにかくフル稼働で料理を覚えなければいけないということで、男性が料理を行なう必要性が高まっているという印象です。
洗濯や掃除などのようにまとめてできる家事とは異なり、料理は待ったなしです。弊社の「自炊男子塾」を通して、「ちょっと頑張って学べばすぐに料理ができる」というメッセージを出していきたいという希望があります。
家庭での「男性の自立」をサポートする社会を実現していく
———「自炊男子塾」の今後の展望を教えてください。
岡田:「自炊男子塾」は、将来的には新入社員研修などさまざまなパターンの研修にも応用できると思っています。
特に、今「介護社員型のシニア社員向け支援」も気になるところです。50代くらいの男性でお子さんも成長して独立している世代です。
この世代は、女性に料理を任せきりがちの世代なんですが、男性も自分のご飯くらいはつくれないと厳しいと思うんですよね。
———なるほど。
岡田:全国展開している企業だと、転勤=一人暮らし=自炊となりますよね。
以前は、寮があるところもありましたが、現在はご時世的に少ない。そうすると、「食事は自分でなんとかしないといけない」ということになります。外食もありだとは思いますが、経済的にも健康的にも辛くなってくるので、自炊は必要です。
———きちんと生活していくために料理をつくる力が必要ということですね。
岡田:そうです。こだわり料理を時間を掛けてつくるよりも、ヘビーローテーションとなるメニューをつくる方法を提供したいですね。
例えば、「鶏の照り焼き丼だったらパパにつくってもらいたいね」なんて会話が日常的になるといいなと思います。
——男性が料理に参加することで女性の家事の負担も減りますね。
岡田:最近は、若い男性の「料理に対する偏見」がないという結果が、私たちのモニター調査でも出ています。でも、料理とトイレ掃除の負担は、女性の方がまだまだ高いという結果も出ています。
男性が1つでも2つでもいいので得意料理をつくれるようになれば、家族みんながハッピーになれることを感じていただければなと思っています。
「レシピに書いてある通りに切る」「調味料を計量スプーンで計る」「決まった時間で焼く」ということをやれば間違いなくおいしいものができるので、そこは守ってほしいですね。
弊社のレシピはすべて試作しているので、レシピ通りにやっていただければおいしい料理ができます。そこは、自信を持っていえますね。
———ありがとうございました。