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株式会社サカタ製作所

「残業ゼロ」を起点に「育休取得100%」を実現 株式会社サカタ製作所の企業風土づくり

近年、男性の育休取得への対応が求められています。しかし「育休を取得しなさい」と言っても取得率が上がらない企業も多く、社員に育休をどのように取得させるかは、管理職の悩みの種ではないでしょうか。

そんななか「残業ゼロ」を実現したことで、「育休を取得するのが当たり前」の体制ができた企業があります。それは、金属屋根部品大手メーカーの株式会社サカタ製作所(以下、サカタ製作所)です。背景には、社長を含めた管理職たちの意識改革と、徹底した「社員目線」にありました。人事・労務を担当する後藤さんに、お話を伺いました。

株式会社サカタ製作所 総務部 後藤 美奈子さん
2007年に入社。2014年より総務部総務経理課に在籍し、社会保険業務やワークライフバランスの推進業務など人事・労務を担当。2児の母。

きっかけは「ワークライフバランス」の重要性を知ったこと

———サカタ製作所さんがどんな会社なのか、教えてください。

後藤:おもに金属屋根やソーラーパネルなどに使う金具や、ネジなどの製造をしています。本社と自社工場が新潟県にあり、東京・大阪に営業所も構えています。従業員数は約160名です。

弊社の主力商品は地域によって仕様を変えなければいけないものも多いのですが、スタッフの傾聴力や技術力で成り立っている面も多いです。

———働き方や、育休取得の推進に取り組もうと思ったきっかけを教えてください。

後藤:年に1回開催している全社集会にお招きした外部講師の方から、ワークライフバランスの重要性についての講義を受けたことです。

具体的には、残業時間を減らして、男性もライフイベントを大切にして、女性がライフイベントを迎えたときに離職しないような社会になっていかないと、日本の生産人口がどんどん減っていって、日本の経済は立ち行かなくなりますよ、という内容でした。

それで、2015年に社長が主体となって会社の方針を見直したんです。もともと掲げていた「残業を30%削減しよう」を「残業をゼロにしよう」と変えました。

このタイミングから、残業ゼロの取り組みが加速しましたね。

 

「残業ゼロ」への歩みが、「育休は取って当たり前」の“下地”に

———社員の方は、すぐに適応できたのでしょうか?

後藤:いえ、さすがに全員がすぐに適応するのは難しかったです。

そこで、会社のポータルサイトを通じて全社員宛に通達を出したんです。内容は、この2つでした。

  • 時間当たりの生産性を向上させ、自分の業務を時間以内に終わらせられる人を評価する
  • そのための部下のタイムマネジメントがきちんとできる上司を評価する

この結果、社員にも真剣味が伝わって彼らの意識も変わり、本格的に「残業ゼロ」が進むようになったんです。

———「残業ゼロ」になったことで、社内にはどのような変化がありましたか?

後藤:業務の属人化が解消し、誰かが職場を離脱しても仕事が回せる状況ができました。

2014年までは残業時間は1人あたり月20時間、一日に約1時間残業している計算でした。しかし2015年にいろいろな対策をしたところ、2016年には1人あたりの残業時間は月1.1時間ほどに。「育休を取得したい」という男性社員も増えてきたんです。

———残業時間が約20分の1になったのは、大きな変化ですね。育休取得希望者が増えたのも、残業時間が減ったことが要因だったんですか?

後藤:いえ、これも最初はこちらが仕掛けたものでした。

弊社には当時、年に1回「家族見学会」というものがあったんです。これは、社員のご家族を会社に招待して、普段の仕事の様子を見ていただくイベントだったのですが、ある男性社員が、

「会社で妻と子どもを待つのではなく、自分も休みを取って家族と一緒に参加したい」と言っていたんですね。

その方は小さいお子さまがいらっしゃったので、「であれば、その日を育休にしてはどうか」と提案しました。

———人事・労務側から、社員の皆さんへ育休取得を提案したんですね。

後藤:そうです。私たちも育休を使うとどんなメリットとデメリットがあるのか勉強したのですが、家庭にとってもプラスになる感触があるとわかって。

その後、人事・労務内で「育休を会社として推進しよう」という話がまとまり、社長や役員、管理職を巻き込んで育休取得推進をしていきました。残業ゼロへの取り組みがあって、「育休を取得しても大丈夫」という下地ができていたことは大きいと思います。

 

人事と経営陣が育休取得を主導し、徐々に浸透させた

———社員の方から、「育休を取るなんて無理だ」という声はなかったですか。

後藤:当然、ありましたよ。

転機となったのは、設計や研究開発を担当していた社員に双子が生まれたことでした。私たちからこの社員に育休取得を勧めたのですが、「こんなに仕事がいっぱいある状態では育休なんて取れない」と言われてしまって……。

なんとかできないかと思って、社長と部長も巻き込んで話をしました。

「絶対に育休を取得した方がいいと思う」と伝えて、業務調整で何とかならないか相談したんです。そして、本人を説得して取得してもらいました。最初は、無理矢理取ってもらった感じでしたね。

———偶然、業務が忙しくて育休取得が難しそうな方が取得されたことが良い結果につながったんですね。

後藤:そうかもしれませんね。

でも、1回育休を取得して戻ってくる社員に聞くと、「育休を取ってよかった」と言われます。

———サカタ製作所さんは、社長を含む管理職の方が社員や部下のワークライフバランスを重視している点が特徴的ですね。管理職の方が、社員のライフイベントについて考えるきっかけがあったのですか。

後藤:まず、社長の理解があったことが大きいですね。そこから、社内全体の意識改革が始まりました。

社長と課長職クラスの人間は、育休を取得した年代ではない者が多いです。でも、ある男性社員が「育休を取りたいけど自分の部署には取得した人がいなくて、言い出しづらい」と言っていて。

そこから、「全社の意識を変えないとダメだ」という結論に至りました。

そこで、社長に全社朝礼で、「会社として育休取得を推進していて、今後は男性は仕事だけじゃなくて家庭で奥さんを助けていかないとダメだ」という話をしていただきました。

この話はもちろん管理職も聞いているので、もし社員が育休を取りたいと言ってきたら、聞いてあげなければいけなくなります。ですから、この全社朝礼と同じタイミングで、管理職に対しての教育も行ないました。

———なるほど、会社として育休取得がスムーズにいくように、管理職も教育したと。

後藤:はい。まず、「子供が1歳になるまでの間に、本人が育休を取りたいと言ったら、会社はその取得を拒否することはできない。」と法律について説明しました。

そして、育休取得者本人に生じるメリットについても伝えたうえで、管理職としてはその人しかできない業務の棚卸や、属人化している業務が減ることで生産性が上がる可能性があると伝えたんです。

社長からは、「ピンチではなくて、チャンスだととらえなさい」と話してもらいました。

 

社員目線の事前説明が、意識変革につながった

———管理職の方への教育は、どんなことをされたのでしょうか。

後藤:特別に講師を呼んだわけではなくて、人事・労務から育休制度の説明と工数不足の解消方法の説明をしました。

例えば、

  • 育休が取得できる期間
  • 育休を取得したときに受けられる保障
  • 育休を取得したことで工数が不足する場合にできる対応

というところです。

「残業ゼロ」によって社内の生産性は向上しているので、1つの工場で育休取得者が出たときに別の工場からヘルプを出すような下地はできていました。

ただ、複数の工場で育休を取りたい人が何人も重なって、どうしても人材が足りなくなってしまった場合も想定されます。そのときは、スポットでの派遣契約をしたり、副業人材で必要なスキルの人だけを必要な期間アサインしたりできると説明しました。

———事前の丁寧な説明によって、社員の皆さんの間に「やればできる」という意識が生まれたのですね。でも、人事・労務の方のご苦労は、相当なものだったのではないですか。

後藤:はい、最初は大変でした。特に大変だったのが、各自の業務や奥様の状況をもとに収入のシミュレーションをつくったことです。

この期間で休んだらこういう収入になるけど、奥さまの里帰りに合わせるとこのパターンで取得した方が良くて、でも、収入的な面ではちょっと薄くなる……といったものを、一人につき複数つくっていました。

———そこまでしていただければ、安心して育休が取れそうですね。育休取得後の社員の皆さんの様子は、いかがですか。

後藤:1回育休を取得した社員は、2人目のお子さまが生まれたときも必ず取得しますね。「妻がすごく大変だとわかった」と。

そして戻ってきた後は、「自分の後輩が育休を取りたくなったら、協力しよう」という助け合いの姿勢が見られます。

———助け合いの精神が根付いたのですね。背景として、会社がしっかり生産性を確保していらっしゃるのは素晴らしいですね。

後藤:そこがないと、ただ単に「育休取ってね」と言っても取ってもらえないと思います。

———「育休取得」というキーワードを頻繁に聞くようになったのは2022年に入ってきてからのように感じますが、サカタ製作所さんはもっと早くからそういった土台ができていますよね。何か、ロールモデルがあったのでしょうか。

後藤:ないですね。もうすでに風土として、「社員の奥さまがご懐妊して安定期に入ったら、総務に連絡する」ということが浸透しているので、何もしなくても情報が入ってくる状況になっています。

以前までは、ご懐妊の話を聞いたら「こういう制度がある」とこちらから働きかけていました。でも今は、ご懐妊の話が社長の耳に入ると、社長から「育休いつとるの?」と声がかかるんです。

「育休を取得しないと、社長から何か言われる」という部分はあったかもしれません。でもそれもあって、育休を取って当たり前の雰囲気になりましたね。

 

“育休取得レベル”の向上に向け、さらなるアップデートを目指す

———サカタ製作所さんの、今後の展望を教えてください。

後藤:収入面での本人へのサポートと、育児休業取得者の「取得レベルの向上」については要検討です。

育休取得者の代わりに派遣の契約をしたり、副業人材をあてたりはしています。とはいえ、それだけではなく、インセンティブや育児休業取得奨励金みたいな形で還元できないかと。

現状の仕組みだと、育休を取ったり欠勤したりすると、出勤率が変わって賞与に影響があるので……。

———“取得レベルの向上”と言いますと。

後藤:育休制度の説明内容を、より良いものにしたいということです。

2022年4月に法改正があったのですが、奥さんがご懐妊された場合は「社内に育休制度がある」という説明を事業主がしなければならず、また確かに社員がその説明を受けたという記録を保管することが義務化されました。当社は必ず説明はしているのですが、もっと良い説明ができないかと考えています。

現在は社内向けに「男性の育児休業取得について」というWebサイトをつくり、育休制度やその期間のお金についての説明、育休取得前中後にやることなどを説明しています。そのうえで、「確かに説明を受けた」という記録を取っているんです。

サカタ製作所内で制作・公開されている、男性の育休取得について解説するWebサイト

その中で、育児休業中にすべきことも書いてあります。

———わあ、すごい! 育休取得者やその奥さんの、生の声がたくさん集まっていますね。

後藤:以前、男性目線の育児と女性目線の育児についてアンケートをとったのですが、その結果をそれぞれアップしてあります。これから育休を取る方には、「育休中は、過去の社員の声を参考に過ごして」と伝えています。

今までは過去の事例をかき集めて説明していたのですが、一覧化して、流れに沿って説明できるようなサイトがあればとつくりました。説明する側にとっても、説明する内容の抜け漏れ防止や備忘録にもなっています。

———ここまで高い質のガイドがあれば、みんな安心して取得できますよね。

後藤:育休取得者はこれからどんどん出てくるので、“誰々さんの場合”といった形で情報をサイトに追記していって、いつでも参考にできるようにしようと思っています。

これができているのは、県の補助金があることも大きいです。弊社のある新潟県では、男性が14日以上の育休を取得すると本人に5万円の助成金が出る制度があります。

ただその助成金を受け取るためには、「育休体験記」を400字詰めで提出する必要があるんです。ですから、「育休中にどういうことをやらなければいけないのか、ちゃんと学んで実行してください、その取り組みの結果を400字にまとめてください」とお願いしています。

———それは、社員の皆さんのモチベーションになりますね。

後藤:あとは、育休取得者のサポートに入る社員の負担を、どう軽減していくかも課題です。

以前まではイクメン・イクボス表彰をやっていたんですけど、これはもうやめたんです。会社として育休取得を推進していることを、年に1回喚起するためだけにやっていた意味合いが強くて。

現状、育休取得者のサポートをしてくれている方たちには感謝の気持ちもあります。でも正直、彼らの負担増に対して会社で何かのサポートができているわけではありませんので、そこは積極的に改善していきたいですね。

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